人間天使の小話/伍痛みもなく、苦しみもなく、僕はただ倒れていた。でも、少し気が遠くなっていたみたいで。いつの間にか天使が僕の近くに 佇んでいた。いつの間に近くに来たのか、僕は少しだけビックリした。 そして、天使の表情からは笑顔が消えていた。ただ、どうして良いのか。 どうなってしまったのか。良く分からないような子供の顔に似ていた。その 時、僕は何故かあの複雑に感じた笑顔を見たいと思った。どうして笑顔を消 してしまったんだろうと。 そうして、僕はようやく気が付いた。僕は、この天使が好きなんだ。死を 告げに来た死神のような存在を愛しいと感じた。 分かってしまえば簡単な答えで、なおさら僕は天使の笑顔が見たいと思っ た。どうせ、最後になるのだから。せめて、最後の記憶は天使の笑顔が良い と思った。 なのに、天使はさっきから笑顔を消したまま複雑な表情で僕を見つめてい るだけだった。きっと願えば、笑顔を見せてくれるのかも知れないけど。僕 には思ったことを言葉にするだけの力は残っていなかった。 そして、どれだけの時間が経っただろう。僕には長く感じたけど、実際に は短かったと思う。今まで自分から話すことのあまりなかった天使が、僕に いきなり言葉をかけた。『名前を教えていなかった』と。なんて場違いなん だろうと思ったけど、そういえば聞いてなかったなとも思った。それに天使 に名前があるなんて考えてもないことだったし。 そんな僕の思いなんて知るはずもない天使は、更に続けた。『天使が名前 を教えるという行為は、自分の存在理由を他人に与える行為だから』、『そ ういう掟だから』と。つまり、自分の命を与える行為だと言った。 僕には、なぜそうするのか分からなかった。感情のない天使が僕を、 どんな風に思っているのか。 でも、それを聞くことの出来ない僕は天使が告げる名前を。天使に与えら れようとしている命を。ただ、受け入れることしか出来なかった。 名前を告げて、消えていく天使。 最後に見せたのは、笑顔だった。 天使は、僕に持つはずのない感情を抱いたんだろう。 その感情、それを知りたい。 ジャンル別一覧
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